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藹

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太古の時代、グリーンランド沖で海底に沈み、4000年を超える悠久の地球の旅を続けるという「海洋大循環」に由来する海洋深層水は、「神秘の水」と言われる超海洋深層水です。

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排他性の極み ~こどもたちを排除
■「服装で不合格」神奈川・神田高の判断、支持の声相次ぐ
(読売新聞 - 12月04日 10:10)


先日も、この事案を取り上げてエントリにコメントしました。

http://deepseawatermahalo.blog96.fc2.com/blog-entry-178.html

この報道から、我が国の排他性を強く感じる。

「異質なるものを排除する」我が国日本の国民性を顕著に示す事実。
教育の場においても、それが顕著であることを物語る、とても残念な事実。

入学試験の際に、服装を正すことの必要性は、当然のことながら、それは面接試験で評価できることで、裏基準にすることの合理性を見出すことは私にはできない。

当該前校長は「服装なども選考基準だと分かれば、面接にはきちんとしてくる。普段の様子を知るには公表せずにチェックするしかなかった。」と釈明するが、裏基準を設ける妥当性・必要性・正当性を合理的に説明するものではない。

たとえ、経験則に基づく基準といっても、「まゆをそっている」「スカートが短い」という事実が、非行事実に直結する合理的説明が全くなされていない。
それこそ、「人を外見で評価するな。」という奇麗事と背理する。

刑法に抵触する犯罪行為をする触法少年の多くは、「普通の子」を演じている。

外見が乱れているこどもを多くの教育機関が拒否すれば、それは将来的に様々な危険を惹起させかねない。

姑息な事なかれ主義に基づく評価でもって、より厳しい社会状況を作りかねない蓋然性は考慮しないのか?

外見で学校に拒否されたこどもたちは、拒否された後、どのような機関に拾われるのか?
拾われずに、社会からドロップアウトする蓋然性は高い。

外見の乱れのあるこどもたちは、素直に己の気持ちを社会に表現していると思えないのか?
ある意味、救いを求めているかもしれないと想像できないのか?

概して、言動に問題のある判りやすいこどもたちは、いたって健全な心を持っている。
昨今問題となるような事件を起こしているこどもたちは、普通の顔の仮面を被っていることが多い。

救いを求めているこども達を、私たち大人が、特に教育者が見捨てるような排除を行って良いのか?

私立の学校なら、まだしも、公立の学校が、このような極めて責任を放棄するような行為をすることは、私は絶対に許すことなどできない。

元校長の当該行為は、「まじめな生徒を守る」ために、「まじめでない」と思われる外見のこどもたちを、拒否し、蔑ろにし、将来の可能性を葬るような行為であり、教育者として、他に採りうる手段を講じることを放棄した、断罪すべきものであり、いかなる理由を述べようとも免罪されることはないだろうし、違法性が阻却されることなどないと強く断じたい。

学校側は立て直しに取り組み、問題のある生徒と昼食を共にしたり、
PTAと協力して校内の見回りを行ったりした。地域にも学校便り> を回覧し、「生徒をしかって」と頼んだ。
こうした努力で、120人を超えていた中退者は04年度には88人に減った。

この成果を、この校長はどのように評価していたのか?

また、元校長は「問題のある生徒が多く、きめ細かく指導しようとすると仕事は限りなくある。先生方は限界だった。ルールを逸脱した形になったが、苦渋の決断だった。」と言う。

木目細やかな指導・教育ができるよう、校長が教育委員会に要求することが、教育者として求められるものではないのか?
現状の教育環境では、それができないことはわかりきっていることであり、その情況を打破・改善するために、教育者としてやるべきことがある。
それを、現状の問題点を理由に、教育者として行うべき行為を拒否・回避することを是認することなど、私にはできない。

こどもたちを教育するために、一体何が欠如し、何が必要なのか、現場の教師たちが、行政に訴えていかなければいけないことは、判りきっていることなのではないのか!

前校長の釈明は、全く理由のない、教育者の責任を放棄する無責任かつ卑怯な屁理屈に過ぎない。

このような前校長の理屈に同情するような大人に、こどもたちを守る気概など、まったくないと言いえよう。

前校長の行為、そしてそれを同情し、是認する人たちは、それこそ、己のこどもが良ければ良いという個人主義的な考えに基づく、自己中心的な、公教育・公共心の意識が欠落・欠如する思想である。
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2008.12.10(Wed)  その他COMMENT(0)TRACKBACK(0)TOP
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